大福 blog

病院勤務の総務・労務担当者の日常です。社会保険・時事をメインにお話を。2022社労士試験合格(未登録)

ブレーキ役

こんばんわ♪大福です。

明日から給与計算ウィーク!

ということで、平穏な日々がお預けになる最後の日曜日です。

 

ブレーキ役

「今回の件、本当…すんませんでした。普段なら見過ごしてないんですけど、なんというか…ちょっとタスクが詰まっててスケジュール的に余裕が無くてスルーしちゃいました。」

『いや、まぁ、仕方ないですよ。ギリ許容範囲は超えかけてますが(笑)、それでもギリギリセーフです。』

 

今回、少しやらかしてしまいまして上司さんとの反省会です。

経緯としては、とある物品購入の際に別部署の上長さんから『それなら、サイズアップしないと困る。』というリクエストがあったことでした。

「いや、それってオーバースペックじゃないですか?予算的にも…1.5倍。下手したら2倍程度変わります。」

『そうなんだけど、必要なんよ。』

というわけで、購入に至ったわけですが…この指示というのが要はその方の独断専行だったんですね?

通常の私であれば、直属の上司に「○○さんから、予算・スペック的にオーバーなリクエストがあったんですが進めて良いですか?」と聞くのですが、とにかくにタスクがぎゅうぎゅうでスルーしてしまいました。

 

そして、

『大福さん、そういえばあれって購入しました?』

と聞かれ

「それなら、○○さんのリクエストでこれ購入しました。」

『え?いや、なんすかこれ?』

「いや、これで進めてくれって…。え?もしかして、事前の相談とか無かったんですか?」

『いや、無いっすね…。』

 

という一連がありまして、冒頭に繋がります。

 

今回、直属の上司さんと色々と改めてお話ししたのですが、思ってた以上に仕事に信任されたんだなということを知ったのと、その理由も知ることができました。

 

まず、一番大きいのは感性・感覚が似ているという点。

例えば今回の物品に関しても、予算的にオーバーしちゃってるんですが本当に…ギリセーフのラインだったということ。

また、当初私が考えていたスペック・予算は上司さんも同じものを見込んでいたとのことです。

ある程度、本当ざっくりとしたコミュニケーションはとっているとはいえ、細々としたことは私が取り仕切るカタチが多い中でこれまでトラブルが無かったのは根元の感性だったんだなと改めて気づかされました。

 

次に私の負担。

(自分で言うのもなんですが)自分と同じ感性・感覚で動いてくれる部下は心強く、上司さん的には頼もしい限りだと思います。

大雑把な面はあるとはいえ、(こりゃマズい)と思ったら撤退しますし、報連相も比較的細々しているので現状把握や軌道修正もしやすいはずです。

これまた自分で言うなよ、ですが(笑)単純な事務処理能力は質量ともにエグイと思っています。

そんなわけで、あらゆるタスクがこれでもか?ってくらい上司さんが投げてくるんですが、一つ一つは大したことないタスクでも大量に来ると当然ですが判断ミスも起こりやすくなります。

今回も新年度の対応だなんだと重なり、ちょっと手に余る状況が続いていのトラブルかな?とは思っています。

 

そして、改めて直属の上司さんと示し合わせたのが「バックオフィスはブレーキ役」ということでした。

これは、部署関係なくバックオフィスといわれる領域全般に言えることだと思いました。

法律や社内ルール、対外・内的なバランス、予算などなどを(感情に流されず)総合考慮してベストな判断・決定をする。

この基本を忘れちゃいかんな…と。改めて再認識しました。

 

そして、根本的な如何ともしがたい問題がやはり”ひとり部署”の限界を感じたということです。

(自分がというわけでは決してないんですが、)どんなに優秀・ハイスペックでも物量に押されたら負けるということです。

ここは強く認識はしていたのですが、今回の件で考え直さざるを得ない状況になったことは確かで、良い機会だとも前向きにも捉えています。

分散・移譲。

これを進めていく、ということでとりあえず上司さんと意思統一はとれたので、一つずつ行きたいと思っています。

 

深いところで感じる、矛盾

法律は万能ではない。

これは誰しも感じていて、そこに矛盾を感じることは大なり小なりあると思います。

 

例えば、労働基準法では有給休暇や残業代を支給しなさい!となっているけど、これが実現していない。などです。

 

これが法律を学ぶと、また違った視点・感じ方をします。

最近、病院という場所で働くようになって特に感じるのは社会保険のしっちゃかめっちゃ感です。

 

まず、結論から言うと『なぜ国民年金(老齢基礎年金)だけで老後を安心して過ごせないのか?』という点に矛盾を感じています。

 

病院に入院し治療・リハビリを経て、当然ですが退院をします。

この退院、というのが大変なケースが散見されます。

例えば退院後どこに住むか?ということで躓くケースがあります。

認知症や脳梗塞の後遺症など、生活に支障があり介護が必要なケースがあった場合、それをどのように誰がケアするか?という課題が出ます。

ベストとしては「介護付き有料老人ホーム」だとしても大きな壁が立ちはだかります。

それは金銭面の問題です。

地域・施設、受けれるサービスにも寄るのですが、凄くざっくり平均としては月額の利用料は15万円前後とされています。

関東近辺で言えば、20万円前後が相場になるかと思います。

公的な施設、例えば特別養護老人ホームであればその半額程度といった感じです。

 

では、国が毎月支給する老齢基礎年金はいくらか?

これもざっくり7万円弱です。

 

ということは、預貯金もなく老齢基礎年金 のみの収入だけでは老人ホームはおろか特養でさえ入居は厳しいという現実が待ち受けてるんですね?

 

そうなると選択肢としては、自宅に戻って誰かに介護してもらうか?頼りになる人がいなければ生活保護の受給となります。

 

心情としても制度としても、老齢基礎年金で(せめて)特養に入れないってのはどうなのかな?とは強く思います。

 

さらに心情としてさらにどうよ?と思うのは、無年金・無保険の方が生活保護を受けることです。

これは法律で保護・保障されているとはいえ、これまで何の負担もせず給付だけ受けるってのはどうなのかな?と。

 

ただ、医療の前線にいると今後はまだまだ厳しくなるだろうなというのは強く感じています。

例えば老齢基礎年金に加え老齢厚生年金を受給している一定上の収入がある方でも施設への入居が厳しいケースはままあります。

そうなると、家族がケアする他ないとなりそうですが…未婚化が進んだ社会では独居・独身の方を施設でケアする必要が出てきますが(確実に)目減りするであろう老齢年金のみでは施設に入ることができません。

じゃ、生活保護で対応となると、じゃ、そもそも老齢年金ってなんやねん?って思っちゃうんですよね?

 

”稼得能力を喪失した老齢期の生活を支える重要な資金”

というのが老齢年金の理念であり役割であれば、それが果たせてないように感じちゃうんですよね…。